コロナ後遺症に対する鍼灸治療について語る前に、東洋医学の基本的な考え方について解説しておきます。

東洋医学では、「望診・聞診・問診・切診」という独特な診察方法を行って、患者様の病態の把握を行っていきますが、この際、身体の生理物質と言われている「気」・「血」・「水/津液」の状態を、不足(虚)か有余(実)に分けた次の表に示した病理に分類していきます。

鍼灸治療の基礎となる気血津液の考え方

また、そのような生理物質の状態が、内臓にあたる五臓(肝・心・脾・肺・腎)にどのように関わって身体の不調を引き起こしているのかも考えていきます。

例えば、ストレス過剰で自律神経が乱れている人は、五臓のうち「肝」に不調が起きていると考えます。
東洋医学独特な診断のうち、脈診では「肝」を示す脈が緊張していたり、腹診では上腹部(季肋部)がパンパンに張っている、肝にネットワークをもつ経絡(気血の通り道)上にあるツボ(経穴)を軽く押圧すると不快な圧痛を感じるなどの症状が起きていることがあります。
このような場合、この患者様の病態は「肝鬱気滞」という病理にあると考えて治療を行っていきます。

つまり、この患者はストレスなどの原因によって「肝」の働きが不全となり、その結果として、経絡の中をめぐる「気」がうまくめぐれなくなって滞りが生じ、「気滞」という現象が起きてしまったのです。
そこで、肝の働きを高め、経絡のめぐりを改善させる働きを持つ経穴を中心に選穴し、「瀉法(しゃほう:余分なものを排除する)」という手技を用いて治療を行うという治療方針を立てていきます。
鍼治療には、日本式/中国式など、さまざまな流派、考え方がありますが、鍼で瀉法を行う場合、経絡の流れとは逆方向の向きに鍼を刺入することで、余分な物質を発散させることができると一般的には考えられています。

肝の病態

逆に、生理物質が不足したり機能低下を起こしている場合=「虚している」人の場合は、「補法(ほほう:補う)」という手技を行って不足や機能低下を改善していきます。補法の鍼治療を行う場合は、瀉法とは逆に、経絡の流れに沿って鍼を刺入します。

このように、「気」・「血」・「水/津液」と「五臓」という東洋医学の概念から、患者様の不調をひきおこしている病理の状態を捉え、瀉法や補法を行って気血の流れを整えていくことで、本来の体の調子を取り戻すというのが東洋医学の基本的な考え方です。
この本来の体の調子を整えていくことを「根本的な治療」という意味で「本治(ほんち)」と呼んでおり、これとは別に、辛く感じている症状、例えば肩こりであれば肩の治療を行う対処療法的な治療を「標治(ひょうち)」と呼んで、区別しています。

鍼灸治療の利点

鍼治療

東洋医学には、病気発生のメカニズム、機序が分からなくとも、目の前の患者様がどのような症状を発症して、どのような病態なのか、病理分類ができさえすれば、治療を施すことができるという利点があります。

さきほどの例にあげた「肝鬱気滞」というように、患者様の病態を分類して把握することさえできれば良いのです。
なぜならば「肝鬱気滞」の場合には、治療の際には使用する「経絡や経穴(ツボ)」が、中国数千年の間、受け継がれてきた原理原則が決められているため、その患者様の病態把握さえできれば治療を施すことができるのです。

こうした考え方は、血液検査などの検査によって得られた結果が異常所見でないと病気を診断することができず、病名がつかなければ治療ができない、という仕組みの西洋医学との大きな違いです。

コロナ後遺症の鍼灸治療

コロナ後遺症に対する鍼灸治療について、これから解説していきたいと思いますが、これまで述べてきた鍼灸治療の基本的な考え方に則って考えていくと、コロナ後遺症だから…という特殊な鍼灸治療は実のところありません。
ざっくりとしたくくりで言うと、コロナ後遺症でお困りの患者様は、身体が弱って体力が回復していないため、自然治癒力が発揮できていない、免疫力系統が機能していない、自律神経失調がおきている、不定愁訴系の訴えににている、ということをあげることができます。
ですから、このあたりを加味して、根本を抑えた鍼灸治療を行うことで、たとえどのような症状でお困りになっているとしてもどなたも回復が期待でき、実際に多くの方が回復しています。

さて、コロナ後遺症として患者抱える症状としては次のようなものが挙げられます。

  • 倦怠感
  • ブレインフォグ(思考力の低下、ぼんやりする状態が続く)
  • 気分の落ち込み
  • 頭痛
  • 不眠
  • 動悸、息苦しさ
  • 関節・筋肉の痛み
  • 食欲不振
  • 味覚・嗅覚障害
  • 脱毛
コロナ後遺症

デルタ株が流行していた頃は、後遺症の症状として「味覚・嗅覚障害」が目立ちましたが、最近の傾向としては、倦怠感とブレインフォグの症状を訴える方が増えています。
代表的な症状にたいする考え方について解説していきます。

倦怠感の鍼灸治療

東洋医学において、倦怠感は、「気虚」として考えていくことが一般的です。
さらに、倦怠感に加え、咳嗽、息切れが続いている方の場合は「肺気虚」の病態にあることが考えられます。
肺気虚であれば、肺の経絡上の反応点や原穴などに置鍼し、「気海」などといった「気」の名前の付くツボや、気の集まるツボとして「膻中」などのツボに鍼やお灸をして気を補って身体の回復を促していきます。

ブレインフォグの鍼灸治療

ブレインフォグを訴える患者様は、「血虚」の症状を疑います。
血を補うツボとして「血海」などといった「血」の名前の付くツボや、血の集まるツボとして「膈兪」などのツボに鍼やお灸をして血を補います。
また、頭部への血流不足も考えられるため、頭頂部にある「百会」「天柱」「風池」というツボに置鍼して、頭への血流促進をはかり、靄がかかったような頭をはっきりさせることも試みます。

また、ブレインフォグは倦怠感の症状と共に長引く虚証の状態により、意欲が低下し気虚や気鬱の病態も同時に生じていることがあるため、倦怠感の症状に有効であった「膻中」への置鍼も有効と考えています。

脱毛の鍼灸治療

もともと一過性の脱毛は鍼灸治療が成果を上げやすい症状であり、頭頂部にある「百会」や「四神聡」に鍼を刺し、「血虚」の治療を施すことが一般的でした。
コロナ後遺症として脱毛の症状を訴える方は、脱毛の症状だけでなく同時に体の倦怠感を抱えていることがあるため、その場合は血も気も不足している「気血両虚」の状態にあると考えます。
したがって先の倦怠感とブレインフォグの例で示した血虚・気虚のツボに置鍼します。
また、脱毛箇所にも鍼やお灸を施すことで、局所の血流を回復し、毛髪の再生を促していきます。
数日で生えてくる毛髪は一過性に脱落しますが、その後しっかりした毛髪が生えてきて定着していきます。

コロナ後遺症に効果的なツボ

コロナ後遺症に対する治療

コロナ後遺症の治療は、残念ながら現在の医療現場(西洋医学)では難しいと考えられています。後遺症を訴える患者に対して病院は、血液や尿検査、心電図など科学的な数値を図りその状態を捉えようとしますが、そこでは特に異常値が見つからないということがしばしばです。したがって西洋医学の言葉では「原因不明」となり、根本的な治療を施すことができないというジレンマが生じます。現在の医療現場では、鎮痛薬や抗不安薬、睡眠薬などが処方される対処療法で応じているのが一般的です。

一方、東洋医学には「心身一如(しんしんいちにょ)」という考え方があります。精神と肉体はつながっていて、切り離して考えることはできず、精神の不調は肉体に影響し、逆に肉体の症状が精神の不調を招くという考え方です。症状の細分化ではなく、「心身」を総合的=ホリスティックに捉え、一人の人間としてその全体性の回復を目指すという治療原則があります。「目の前の患者が漠然と訴えている不調をいかに捉えるか」ということが東洋医学の神髄です。

コロナ禍になって3年目、ウイルスの脅威が弱まり、社会が少しずつ落ち着きを取り戻してきた一方で、後遺症という新たな課題が出てきました。この新たな課題を克服すべく今こそ、東洋医学の力に着目してみるのはいかがでしょうか。